代表取締役社長 鈴木紀子プロフィール

1992年     立教大学卒業
1992年     海外旅行専門の旅行会社へ入社
1995年    カナダ バンクーバーにて旅行会社勤務
1997年     港ポンプ工業株式会社入社
2006年     青年会議所入会
2010年     港ポンプ工業株式会社 代表取締役就任
2011年     盛和塾入会

3K仕事は絶対イヤ!憧れの海外へ

実は子供の頃、港ポンプ工業の社長だった父を見ていて、
「ポンプ工事のような3K仕事は、絶対イヤ!」と思っていました。

子供の三姉妹でそう感じていたらしく、姉はデパート、妹はCA、私は大学を卒業して旅行会社へ。
海外に憧れがあり、飛び込んだ旅行業界でした。
さほど大きくない海外旅行専門の会社でしたので仕事はハードでしたが、その分いろいろなことを任せてもらえたので、
仕事の楽しさを知ることができました。その後、バンクーバーの旅行会社転職して、憧れだった海外生活も経験。

カナダで1人生活。仕事もプライベートも充実し、とても楽しく過ごしていました。
そんな中、自分の考えが変わった事件がありました。それは、単に、軽い交通事故。
本当に些細な事故だったのですが、海外で自分1人。「訴訟になったらどうしよう?弁護士は? いざとなったとき、カナダでは自分には何もない」いろいろな不安がよぎりました。同時に、「日本では、両親がちゃんと土台を作ってくれて、自分は守られていたんだ。」と、気づいたのです。そして、思いました。
『必要とされるところで仕事をしたい!どうせなら、家族や周囲の人に喜ばれる仕事をしよう!』と思い、帰国。
父の会社、港ポンプ工業に入社しました。




入社してみたら、・・・大変!!

入社してみたら、想像以上に大変でした。

社長である父はいわゆるワンマンで、全くの職人。
会社のこと全て、ネジ1本の発注まで許可が必要なほどでした。
要するに、父は自分以外は手足だと思っているのです。

そんな状態でしたので、自分で考えて一生懸命に仕事やると、すぐ父とぶつかる。
『自分はこの会社に必要ないのかな?』と思い悩む日々でした。

そんな中、父は何か会社に悪いことが起きたときだけ、単なるいちスタッフとして、私に意見を少し聞くこともありました。
こんなことから、自分が会社にいる時間を積み上げることが必要なのかもしれない、と感じるようになり、
父のワンマンに耐えて日々を過ごしていました。
2007年から父の体調が悪くなり始めるのと同時に、やっと少しずつ、仕事をまかせてもらえるようになりました。

そして、2010年に港ポンプ工業を引き継ぎました。
 

これからの港ポンプ

後から入社して社長になった私ですが、先代から勤務しているベテラン社員にも受け入れてもらうことができました。それには、本当に感謝しています。
さらに社長になってみて、父を素直に尊敬できるようになりました。ワンマンな父でしたが一職人として、お客様によかれとポンプ修理の仕事に全てを注ぎ込み、会社を継続させてきたことには、なかなかできることではなかったと。

ポンプの仕事は、人からはほとんど見えません。現場の仕事です。
ですが、これからも港ポンプは、ライフラインを担う責任を持って、縁の下の力持ちとして尽くしてまいりたいと思います。
私は社長として、職場環境を整え、良い職人を育てる環境を作り、よりお客様のご要望に応える会社にしてまいります。

これからも港ポンプをよろしくお願いいたします!